その日は気持ちの良い朝だった。
さぁ、起きるぞと起き抜けにくしゃみをしたら、鼻から天国へ
自分の魂が抜けていったかのように気持ちがよく頭がクリアに
なった。
今日もいい一日の始まりだ。
そう思って完全に起き上がると、なんだか腰に違和感を感じた。
そして、ウッとおなかのあたりの力が抜け腰にシクシクと悲しみの
感覚を覚えるた。「もしや・・」と思ったけれど、買ったばかりの
新しいおもちゃを大事に使うぞと誓ったそばから落っことして微妙
な傷をつけてしまったときの悲しみに比べればたいしたことはない
ように思えた僕は朝食の待つテーブルに向かうために階段を下りた。
階段をおり、洗面所で顔を洗おうと前かがみになったとたん。
それはやってきた。
くしゃみをして鼻から自分の魂が抜けたのはいいが、戻る方法を
間違えたのか、腰にヘンなものが入ってきてしまったのか鈍痛を
覚え、「ウッ!」と言いながら姿勢を正した。
くしゃみが原因でぎっくり腰になったというのを聴いたことが
あるぼくは、「まさか!まさか!ぎっくりしたか!?」と我が
腰を疑った。
腰にまとわりついた鉛の重みを感じながら、再度顔を洗おうと
したらどうしても姿勢を正してしまって顔を洗えない。
この時、ここが鉛のように重いから頭が上がるのだなとはっきりと
ぎっくり腰になってしまったことを認めざるを得なかった。
そして、朝食の席に着くときいつもとは違う礼儀正しい姿勢と
座り方に何も知らない母は「姿勢がいいね」と言った。
いままでに、まちがっても合気道や茶道の作法のように腰を落とし
礼儀正しく正座をして食事を召し上がるなんてことはなかったのだ
けれど、腰の鈍痛が僕を真人間にさせていた。
朝食を食べ終わると、姿勢が正しいためか思わず「ごちそうさまでした」
と言って合掌してしまった。姿勢正しく礼儀よいかっこうで「ごちそう
さん」というのもヘンな気がして思わず合掌までしてしまった。
こうしてでも食べられることがありがたかったのもあるのかもしれない。
朝食を食べ終わると気持ちを切り替えることにした。
ぎっくり腰になってしまったものはしょうがない。
正座でも数分しか座れないし、イスに座ることもできない僕は痛みを感じ
ないためには「なおれ!」の姿勢でまっすぐ立っているか横になって仰向
けに安静にしているかしかないとわかり安静にしていることにした。
早く治すためには安静にしているのが一番だ。
安静にしていると、腰の痛みをほとんど感じないけれど、頭だけは
元気なようで、暇を感じては「何かすることないかな〜」と考えた。
そして、ハタと思いたった。
そういえば、湿布というものがある。
そう思った僕はベッドからごそごそと抜け起きると薬箱をとりにいった。
湿布の説明を読むと効能に腰痛とあった。
これだ!とは思ったものの、しょせん消炎鎮痛剤、
痛みを和らげるものでしかない。
結局は自然に治るよう自然治癒力に任せるほかないなと思った。
それでも、なんとか早く治したい僕は考えた。
治療器具があるわけじゃなし、どういう思考回路をしているのか
いまあるものでなんとかならんかな?と考えたすえにピラミッド
パワーにたどり着いた。
でも、ピラミッドの模型をつくるほどのやる気はないし、ミイラ
みたいに渇いてしまっても困る。そこで六芒星の図形からはピラ
ミッドパワーの類のエネルギーが出ていることを聴いたことがあ
るのを思い出した僕はそれなら図形を描くだけだと、湿布に六芒
星の図を描いた。
平安時代の陰陽師、安倍晴明が魔よけに用いた清明紋でも
あるし、魔よけの籠目紋様であるだけにくしゃみとともに
腰に入った悪いやつが抜けそうな気がした。
なんだか、にわかシャーマンにでもなった気分だ。
これだけじゃ物足りないと感じた僕は六芒星の図の下にヘキサグラムと
書き足した。誰かに見せるわけじゃないけれど、これは「ヘキサグラム」
ですといわんばかりの説明をなんとなく入れたところで、まだ納得が行か
ない僕は完治!と書いた。
腰よなおれ!と書いたところで、なおれ!と言われた兵隊のように
気をつけの姿勢をしていなくてはならなくなりそうな気がした僕は
完治!という言葉をなんとなく選んだ。
痛いの痛いの飛んで行け!でも良かったが、痛いのだけがとれて
怪我はそのままだったら困る。
これで自然治癒力が促進されると満足したように腰に湿布を貼ると
わずかに痛みが引いたような気がした。
おそらく湿布薬の効果だろうがせっかく六芒星の図を描いたのだから
ピラミッドパワーなるものが作用したと思い込みたい。
今もまだ、完全に治ったとはいえないが3週間経って、イスに座れる
ほどになったのだから多少の効果はあったのだろう。
プラスプラシーボにしても、心理のなせる業だとしても、それを
やることによって前向きになれるなら、それはそれでよいとも思う。
でも、3週間もあればぎっくり腰でも普通に症状は
落ち着いてくる気もしないでもない。